【プロフィール】こーせいの自己紹介&当ブログ「ほーこうせい。」のポリシー

こんにちは!当ブログ「ほーこうせい。」を運営している、こーせい(Kosei Hayashida)<h_0918_k>です。

当ブログ「ほーこうせい。」は以下の3つのテーマを発信しているライフスタイルメディアです。

  • 働き方・キャリアについて:主に10代〜20代向けの働き方・キャリア論を展開しています
  • 福岡の暮らしについて:僕が住んでいる地元福岡の飲食店やカフェを紹介しています
  • ライフスタイルについて:僕が使って良かったモノを紹介しています

また、ブログのタイトル「ほーこうせい。」は、僕の名前をもじって、「多様な生き方の中から、人生の”方向性”を決めてほしい」という願いを込めてネーミングしました。

当ブログの記事を読んでいただいて、これからの生き方・働き方について見つめ直すきっかけになってもらえたら幸いです。

■目次■

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簡単なプロフィールを紹介します

名前:林田光生(はやしだこうせい) / 1995年9月18日生まれ / 23歳 / 男

2018年3月に大学を卒業し、福岡の地元企業に就職するも4ヶ月で退職。

その後、フリーランスブロガーに転向し、「多様な生き方」を広めるために活動中。

サクッと理解できる!こーせいの経歴を紹介!

1995年9月 福岡県三潴郡(現在の柳川市)に生まれる。

父は地元企業の支社長。3歳の時に10部屋以上もある家を建てるも、父が癌で亡くなる。

1年後、建てた家を離れ母の地元である福岡県久留米市に移住、母と僕の2人暮らしがスタート

小学校3年生の時、母方の祖母と一緒に暮らすために引っ越す。初めての転校を経験するも、クラスに馴染めずいじめられることも。

友人が「俺、中学受験するわ〜!」と言い、僕自身も中学受験を決意。福岡県八女市の中高一貫校を受験し、見事合格。

中学2年生の時に、「吹奏楽部入るわ〜!」と決め、吹奏楽部に入部。その後高校3年生までトランペット&マーチングを続ける。

地元福岡の西南学院大学に進学。大学1年時は一般団体でマーチングを再開するも、飽きて1年で辞める。

大学2年時に議員インターンシップを経験し、その後運営母体の学生団体に入る。大学4年時では福岡支部の代表を経験。

大学卒業後は地元福岡の企業に就職するも、ブラック企業ということが発覚。4ヶ月で退職し、勢いでフリーランスブロガーとして独立。

ちなみに、性格診断で有名なストレングスファインダーの上位5位・下位5位はこんな感じ。

【上位5位】

  1. 最上志向
  2. 戦略性
  3. 着想
  4. 未来志向
  5. 自我

【下位5位】

  1. 公平性
  2. 調和生
  3. 回復志向
  4. 包含
  5. 成長促進

こんな感じで、「自分がやりたいことはとことんやりたい!でもやりたくないことはしたくない!」といった自我欲旺盛の結果です。

また、公平性や調和生が皆無なので、ブラック企業を4ヶ月でスパッと辞めるくらいの心の持ちようがあるっぽいですね。

経営者一家に生まれるも、3歳で父を亡くした幼少期

2歳の僕、可愛いでしょ?(^o^)

1995年9月18日、僕は代々繊維業を営んでいる経営者一家に生まれました。

僕の父は、そんな経営者一家の三男で、福岡県三潴郡(現在の柳川市)の支社長を勤めていました。

また、家族構成もちょっと変で、僕の父は再婚なんですよね。

1回目の結婚の時に、息子・娘を授かっていて、2回目の結婚(僕の母)の時に僕が生まれた、という感じです。

母は違えど父は一緒なので、一応血の繋がっている家族ですが、僕よりも15〜20歳、年が離れていたので、姉・兄というよりも親戚のお兄ちゃん・お姉ちゃんくらいの感覚でした。

そんな、父・母・兄・姉・そして僕の5人で柳川で暮らしていて、僕が3歳の時は10部屋以上もある家を建てましたが、父が49歳の若さで癌で他界。

それから1年後、家族はバラバラで暮らすことになり、母と僕は、母の地元である福岡県久留米市に移住することになりました。

小学校3年生の時に初めての転校を経験・馴染めずにいじめられることも

6歳・小学校の入学式の時(当日、間違えて隣のクラスに入ったのは今でも忘れない…。)

経営者一家の暮らしから一転…僕は母と一緒に福岡県久留米市の県営団地に住み、母子家庭になってしまいました。

母方の祖母がその地域の県営団地に住んでいた、というのもあって、祖母の家は歩いて5分程度。

よく遊びに行っていたのを覚えています。

しかし、小学校3年生の時に、祖母と一緒に暮らすために別に家を借りることになり、久留米市内の中心部にある小学校に転校。

一人っ子で、内向的な性格だったので急激な環境の変化に馴染むことができず、1人浮いた状態になっていましたね…よくいじめられいたのを覚えています。

でも、小学校5年生のクラス替えの時にいじめはなくなり、僕自身は当時、ピアノ・和太鼓・テニス・工作教室…と、習い事に没頭しながら、クラスで楽しく過ごしていました。

この頃から僕の「好奇心旺盛欲」「飽き性」っぷりを発揮していますね…。

興味を持ったことはとことんやり、飽きたら他のことを始める…みたいなことを続けていました。

小学校卒業後は地元の中学校に進学するのかな〜と思いきや、テニスで一緒だった友人が、「俺、中学受験するわ〜!」と中学受験を決意。

一緒に福岡県八女市にある学校の体験入学に行き、僕も中学受験を決意。

小学校6年生の夏から塾に通いつめ、見事合格し、その学校に中・高の6年間通うことになります。

中学2年生から部活に没頭し、吹奏楽&マーチングにどハマりした5年間

高校2年・九州大会前日の練習風景。ちなみに同期とは仲が悪かったので、今では一切連絡を取っていない。

見事中学受験に合格し、中学・高校は福岡県八女市の八女学院に6年間通いつめました。

中学1年の頃は部活に所属せず、学校が終わるとそのまま家に帰り、たまに友人と遊んで帰る…という生活を過ごしていました。

しかし、だらけまくった結果、成績がますます悪くなり「このままではマジでクズ人間になる…!」と一念発起。

当時音楽に興味を持ち始めたので吹奏楽(マーチングバンド)部に入部することを決めました。

中学2年生から、これまでの生活とは一変し、「週7部活・休みはお盆・年末年始以外なし!」という超ハードな生活を高校3年生の5月まで続けました。

1.最初は慣れなかった部活だけど、中学3年生の頃からめっちゃ好きになる

中学2年の1年間は本当にしんどかったですね…。

同級生よりも1年遅く入部しているので、それだけでもレベルの差を感じましたし、「早く追いつきたい…!」という思いがありながらも、「まだまだ初心者だから…」と自分に甘えていた時期もあって、何度も部活を辞めようと思っていました。

しかし、そんな時に支えになったのが、当時高校1年生の先輩たち。

技術面だけではなく、メンタル面でも大変お世話になり、「このままではいけない…!」と奮い立たせてくれました。

部活は中高合同でやっていたので、中学生ながらも日常生活に高校生がいるのが当たり前だったんですよね。

そんな支えになった先輩たちと仲良くなり、中学3年生の頃は部活を本気で楽しむことができななぁ…と、楽しい思い出しか残っていません。

2.仲の良い先輩の引退…そして初めての失敗を経験した高校2年

しかし、そんな仲の良い先輩たちは、僕が高校1年生になった時に部活を引退してしまいます。

気づけば僕も高校生、そして最上学年の高校2年生になるまで、あと1年が迫っていました。

僕自身、技術面がとにかく劣っていたので、部活中は自分の実力をあげることに本当に必死になっていました。

それが裏目に出たのでしょう…。同級生からは、「お前は周りが見えていない!」と言われ、しかしそれに僕は反抗してしまい、ますます仲が悪くなってしまったのを今でも覚えています。

しかも、それを言われたのは大事な九州大会の前日。

いまでもそれを言い放った同級生には「?」マークしか思い浮かびませんが、「次は最上学年だ!」というプレッシャーがお互いにあっての衝突だったのかもしれません。

3.友人の誘いでHKT48にどハマりし、部活をサボってしまうこともあった

旧ホークスタウンモールあった昔のHKT48劇場。久留米市からここまでよく通ったわ…。笑

2011年の11月、福岡にとあるアイドルグループが爆誕しました。

その名は…!?そう!今でもハマり続けているHKT48です。

実は僕、HKT48の結成当初からのヲタクです。

初めて劇場公演に行ったのは、HKT48の劇場公演が始まってからまだ半月しか経っていない超初期。

部活が休みだった日に、AKB48が大好きな友達に連れて行かされました…。笑

最初は「絶対ハマらんやろ〜…」って思っていましたが、劇場公演を見終わった僕は、「宮脇咲良ちゃん推すわ!」と、ヲタクに変貌してしまったのでした…。

※その後推しメンは変わり、今は4期生の武田智加ちゃんにハマってます…!

2011年〜2018年までのチケット。7年間で通いつめたな〜。(もちろんこれからもね!)

しかし、この頃HKT48にハマったおかげで、今の活動に繋がる原点が生まれたんですよね。

そう、「SNS」です。

この頃(2011〜2012年)はソーシャルゲーム「GREE」の全盛期。

当時ヲタク友達が欲しかった僕は、GREEでHKT48に関する情報を発信し、ヲタク友達を作り、ひどい時は月に4〜5回も劇場公演に通いつめていました(お年玉はここで全て使い果たしました。笑)

この頃、SNSで情報発信することが好きになったんですよね。

だから今こうやって、ブログやツイッターで自分の意見を発信することはまったく苦になりません。

4.部活も最上学年の高校2年生!一旦ヲタクを卒業するも、今度は3つ下の後輩と付き合ったりもした

(最上学年シーズンになる直前の定期演奏会の様子。YouTubeにアップされていました。)

楽しいアイドルヲタク生活もつかの間、僕はHKT48に現実逃避をしていたんですよね…。

気づけば最上学年の高校2年生。

「いい加減ヲタクを卒業して、部活に本気になろう!」と誓いました。

しかし、当時頻繁に連絡を取り合っていた3つ下の後輩(ロ○コンとは言わせねーよ?笑)と仲良くなり、そして付き合うことに。

※ちなみにその子とは5年半付き合いましたが、僕が社会人になる前に別れました。

部活ではトランペットのパートリーダーを任せされる傍、部活の後輩に手を出すというアホッぷりを発揮。

※もちろん、同期とはますます仲が悪くなり、大学卒業後はまったく連絡を取っていません!(^ ^)

トランペットのパートリーダーは、僕にとって初めての「リーダー経験」でした。

しかし、当時は「リーダーは全て自分で回さないといけない!」という勝手な思い込みがあり、同期を頼れず独りよがりになってしまった結果、うまくパート内をまとめることができなかったんですよね。

当時はとにかく「辛い!」としか思っていなかったので、高校2年生の頃の記憶はほとんど残っていません(元カノと帰り道にいちゃいちゃした記憶は鮮明に残っているけどね!)。

同期とも仲が悪くなり、パート内もうまくまとめることができなかったこともあり、九州大会では6年ぶりの「銀賞」を経験。

全国大会どころか、金賞すら掴むことができない結果に終わってしまいました。

ほんと当時を振り返ると、「今ならこうやってたのに」と反省することばかりで、高校2年生という1年間は自分の中でもたくさんのことを学んだような気がします。

  • 人を動かすことの難しさ
  • コミュニケーションを取ることの大切さ
  • 結果にコミットすることの大事さ

などなど。

しかし、このリーダー経験の失敗は、大学4年生の頃、まったく違う形で克服することになります。

1年で知識を詰め込み、第1志望の西南学院大学に入学!

高校3年生の5月に部活を引退してからは、すぐに受験モードに突入…できるわけもなく、1ヶ月くらいは「部活ロス」続いていました。

でも「そろそろ勉強しないとまずいな…!」と思い、高校3年生の6月から本腰で受験勉強を始めました。

母子家庭、というのもあって、母から「大学はなるべく福岡の大学に…!」とお願いがあったので、福岡でも比較的偏差値が高く、そして僕が学びたいこと(考古学・元々歴史が好きだった)がある西南学院大学の国際文化学部を志望。

しかし、6月時点の僕の英語の偏差値は…なんと40!

こんな偏差値では受かるはずもなかったので、受験本番までの約8ヶ月間死ぬ気で勉強しました。

おかげで1ヶ月1000単語暗記することもできましたし、日本史もセンター試験では95点を獲得できるまで成長。

国立大学は受験しませんでしたが、それでも第1志望の西南学院大学に合格することができました。

マーチング・学生団体の活動・アルバイト・ゼミ…興味あることに片足突っ込む4年間だった

1.大好きなマーチングを再開するも、1年で飽きる

晴れて西南学院大学に入学した後は、大好きだったマーチングを再開したいと思い、社会人団体のマーチングバンドに加入。

見事全国大会までコマを進めることができましたが、「もうマーチングは良いか〜…。」とすっかり熱が冷めてしまい、1年で辞めてしまいました。

この時は「せっかく大学生活を送るなら、マーチング以外のこともしたいよね!」という思いが強かったので1年で辞めて新しいことを始めようとしていましたが、当時やっていた塾のアルバイトの数を増やすだけで、すっかり「大学」「アルバイト」を行き来する典型的な大学生になってしまいました。

2.大学2年の夏、議員インターンシップを経験する

「バイト漬けの生活から抜け出したい…!」と考えていた頃、大学の友人からとあるインターンシップに誘われました。

そう、その後の大学生活をガラリと変えるきっかけになる、議員インターンシップです。

議員インターンシップとは、夏休みや春休みの長期休暇の2ヶ月間、国会議員や地方議員の元で、「政治の仕組み」「議員の仕事」「社会的マナー」を学ぶプログラムです。

運営母体は、その後僕がスタッフとして加入することになる「NPO法人ドットジェイピー」

僕自身、議員インターンシップは夏休みにアルバイトを入れすぎたせいで積極的に取り組むことはできませんでしたが、興味を持ったのは、議員インターンシップを運営しているドットジェイピーの活動でした。

議員インターンシップ終了後、僕は当時の福岡支部の代表との面談を経て、スタッフとして加入することになります。

3.ドットジェイピーでの2年半の活動は、僕の価値観をガラリと変えた

ドットジェイピー

大学4年の前期、僕が福岡支部の代表を務めた時の集合写真。

結論から言うと、大学2年生の後期〜大学4年の卒業前まで取り組んだドットジェイピーの活動は、僕の価値観をガラリと変えてくれました。

ドットジェイピーでの活動は、議員インターンシップを運営がメインで、「学生集客」「議員営業」「インターンプログラムの作成」「広報活動」…と、1つの会社みたいな活動をやっていますが、「スタッフの育成」にも注力していて、僕は「人の可能性を広げる」きっかけになるこの活動にどんどんハマっていったんですよね。

福岡支部のスタッフとして1年間活動したのち、僕は一旦福岡支部を離れ、ドットジェイピー内でも他の領域を運営する部門に関わっていましたが、その頃に福岡支部のインターンシップ運営がうまくいかず、支部は「再建」を必要とする状態。

その頃僕は大学3年生の11月で、就職活動を控えていましたが、「将来起業したいし、この際だから組織を運営する経験くらい身につけておきたいなあ…!」と思い、支部に所属もしていないのに、次期代表に立候補しました。

全国400人のスタッフの前で、事業計画を発表したりもした。

支部は再建を必要としていた状況だったので、代表は僕しか立候補が出ず、そのまま当選。

そんな時に、高校2年生の時の「リーダーとしての失敗」を思い出したんですよね。

僕はとにかく支部の再建に注力し、時には支部スタッフの反抗を受けながらも、自分の軸は変えず「支部を再建させる」ことにコミットした結果、支部の再建に成功。

当時は深夜3時まで支部スタッフとミーティングを重ねたり、一度は支部スタッフから僕に「好き勝手に支部を動かさないで!」と反乱が来たり…。笑

一度は仲間割れしそうになった時期もありましたが、それを乗り越え、誰一人離脱者を出すことなく組織運営に注力しました。

しかし、全国の支部が東京で集うミーティングの際に開かれる授賞式では、全国の支部の中でナンバーワンが選ばれる「最優秀支部賞」には一歩届かず。

この時はまじで悔しい思いをしましたが、24人の同じ志を持った仲間に恵まれ、今では一生忘れることのない経験になりました。

大学卒業後は地元企業に就職…!するも、まさかのブラック企業で4ヶ月で会社を辞める

ドットジェイピーの代表時期と並行して、就職活動を進めていましたが、僕は「福岡に残りたい!」という思いが強かったので、転勤がなく、福岡を本社に置くベンチャー志向を会社に応募していました。

その中で、「この会社なら、将来起業する時に必要なスキルが身につきそうだな…!」という会社に出会い、ノリで選考を受けたら最終選考まで行き、そのまま合格。

2018年の4月にその会社に入社しましたが、実際に入ってみると…?

「お前ら!修行だと思って、2週間、会長のお父さんのお世話をしてこい!」

と言われ、まさかのゴリゴリ体育会系の会社だったことが発覚…。

(詳しくはこちらの記事に載せていますので、どんな会社か気になる方は合わせてどうぞ!)

ちなみに、会長のお父さんというのは86歳のおじいちゃんで、今は「平和維持活動」的なことに取り組んでいますが、まあ口が悪い悪い…修行という名目で、おじいちゃんの秘書を2週間、同期の男子3人で田舎まで車を走らせて行きました。

しかし、「修行2週間って行ったけど、やっぱり1年行ってこい…!」と急に言われ…僕はこんなことがしたくてこの会社に入社したわけではなかったので、2018年の7月は「会社を辞めるか、辞めないか」で真剣に悩みましたね…。

元々独立したかったので、この頃は「転職するか・独立するか」で悩んでいましたが、独立するにもどうやって独立したら良いのか全く分からず…そんな時に出会ったのが、ツイッターで偶然流れてきた「ブロガー」という働き方でした。

こーせい
ブログで情報発信して、それで食っていけるなんて最高じゃん…!

といった感じで、最初は軽いノリでしたが、その頃は本気で退職を考えていたので、会社を辞める10日前に当ブログを開設し、ブログ記事も10記事あるかないかくらいのタイミングで、勢いで会社を辞めました。

今思うと超無謀な辞め方でしたが、当時は「とにかくこの会社を抜け出さないと、自分がダメになってしまう…!」という思いでいっぱいでしたね。

ついに独立!個人事業主として、ブログ&SNSで発信活動を始める生活がスタート

ブログ収益0円で会社を辞め、半ば勢いで会社を辞めた僕は、会社を辞めてから今日までほぼ毎日ブログ記事を描き続けました。

同時にツイッターの運営を始めたところ、会社を辞めて1週間くらいでとあるツイートがプチバズを起こし、フォロワーが1日で100人増えたのをきっかけに、「あれ、案外ツイッターの発信活動って簡単じゃない?笑」と、根拠のない自信が湧いたんですよね。

それから毎日のようにツイッターでも情報発信を始めた結果、会社を辞めて1ヶ月後のフォロワー1,000人を達成し、ツイッター運営のコツを掴んだ段階で、ツイッター運営の教科書を書いたらこれもまたプチバズを起こし、半年でフォロワー7,000人まで増やすことに成功しました。

また、僕自身、ドットジェイピーで活動した経験と、自分自身の就活時代の価値観がきっかけで、「これからの時代は、会社員や公務員といった生き方に縛られなくても良いんじゃないか?」という「働き方」「生き方」に興味を持つようになったんですよね。

とりあえず初めてみたブログですが、現在ではブログやSNSの情報発信は、「働き方」「生き方」にスポットを当てて、僕が日々学んだことや経験したことをアウトプットしています。

現在の事業内容は、

  • ブログメディアの運営
  • SNSを使った情報発信
  • ブログ・ツイッターのアドバイス
  • YouTube

などなど、僕自身のライフスタイルや考え方を発信しています。

明確な目標はないけど、「多様な生き方」を広めるために活動の幅を広げます

「フリーランスになってから、明確な目標はないんですか?」とよく聞かれますが、ぶっちゃけこれといった目標はありません。

しかし、僕自身がこうやって発信活動で生計を立てて、自分自身の生き方を発信することで、今、この瞬間に生き方で悩んでいる人に人生を変えるきっかけを提供したい…!という想いです。

直近で目指していることは、「法人化」「生き方にスポットを当てたサービスの開始」でしょうか。

僕自身元々社長になるのが夢だったので、2019年中に法人化させて、ブログ・SNS以外の活動にも手を伸ばしていく予定です。

そのためにも、今この瞬間もインプット&アウトプットを繰り返して、日々発信しているんです。

ちなみに、僕の情報発信媒体はこちら!合わせてチェックしてみてください!

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ABOUTこの記事をかいた人

SNS・ブログ・YouTube・オンラインサロン運営を軸に「好き勝手に生きる人生戦略」を発信しています。1995年・福岡県出身。西南学院大学 国際文化学部を卒業後、地元企業に就職するも、4ヶ月で退職し、フリーランスに転向。現在は、SNSでの情報発信をはじめ、月間1.8万人に読まれるブログ・note・オンラインサロン・YouTube等活動の幅を広げる。読書・歴史・旅行・HKT48・ゲームが好き。